その状態のことを僕は、「詩がある」と表します。
そこに「詩がない」から、写真には簡単に言葉を付けてしまうのではないかと思いました。
こんなにも容易く作品にポエムを付けてしまうジャンルって他にはないと思います。
「詩がある」それが僕の目指す到達点かなと思いました。
そう考えると「撮りたい○○」、特に、「撮りたい人」って何なんだよと。
確かに胸にはおれど、それっていったいどういう事なんだろうと。
考える必要があるなと思いました。
まあ、考えたうえで、実際に撮らせてもらわないと分からないんでしょうけど。
まあ、考えたうえで、実際に撮らせてもらわないと分からないんでしょうけど。
少なくとも対象物にこだわるということは、その力を借りるという切り口においては
写真には詩が生まれないのではないかと、そう思いはじめています。
むら気なんでコロコロ考えは変わりますが。
とりあえず、故郷東京に帰還しました。高速道路脇のおうちです。
夜寝るとき、高速道路を走る車ごうごうという音が聞こえます。
うつらうつらしながらそれを聞いて、まどろんでいる時間には最高に詩があるし、
大変満足しています。
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